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岩手県の県庁所在地はなぜ盛岡市?

最終更新日: 2022年11月11日 (公開日: 2022年11月11日)

岩手県の県庁所在地の概要

県庁所在地

盛岡市

県庁の住所

〒020-8570岩手県盛岡市内丸10番1号

県庁舎

岩手県の県庁舎は1965年に完成しました。

地上12階建ての県庁舎は、当時の東北地方で最も高いビルとして注目を集めました。

現在でも盛岡市のシンボルとして多くの人に親しまれています。

2015年には県庁舎の完成から50年が経ち、耐震や老朽化を心配する声も上がり始めました。

その後も建て替えは行われていませんでしたが、2022年4月、知事の会見により県庁舎の建て替えが発表されました。

盛岡市が県庁所在地になった経緯

ここからは、盛岡市が県庁所在地になった経緯について解説していきます。

盛岡市の基盤となった城下町

現在の盛岡市の基盤となっているのは、盛岡城を中心とした城下町です。

盛岡城は東北地方の有力大名であった南部信直が、豊臣秀吉の家来 浅野長政の助言で自らの居城として築城を始めた城です。

1598年頃から本格的に工事が始められ、城下町の整備も進められました。

盛岡城の城下町は人々の職種ごとに居住地が分かれており、人々の生活の中心として栄えていました。

また、奥州街道や秋田街道など主要な街道が盛岡で交わっていたこと、最上川の水運が江戸へと繋がっていたことなどから交通の要としても重要な役割を果たしていたのです。

廃藩置県と盛岡城

1871年に廃藩置県が行われ、盛岡城は廃城となってしまいます。

翌年には陸軍省の管轄となり、1874年にはほとんどの建物が解体されました。

城を残す計画もあったようですが、老朽化が激しかったため解体が決定したようです。

1906年には岩手県に用地が貸し出される形となり、岩手公園が開園しました。

現在は「盛岡城跡公園」と呼ばれています。

盛岡市が県庁所在地になった理由

各県の県庁所在地には、城下町として栄えていた場所が選ばれることが多いのですが、盛岡市もその一つと考えて良いでしょう。

盛岡城を中心に人口が密集しており、すでに人々が生活しやすい環境が整っていたことなどが理由として挙げられます。

また、交通の便がよかったことも大きな選定理由です。

特に水運は江戸への交通の要だったため、多くの人が利用していました。

盛岡市の概要

次に岩手県の県庁所在地である盛岡市の概要を見ていきましょう。

盛岡市の人口

2022年の調査によると、盛岡市の人口は約28.6万人です。

県庁所在地としての人口は多くありませんが、県内や東北地方の経済の中心都市として発展してきました。

しかし一方で高齢者の単独世帯が増加傾向にあり、1990年から2015年の間に約3倍にもなっています。

盛岡市の気候

盛岡市の気候は内陸性気候です。

夏と冬の寒暖差が大きく、夏の最高気温は37.2℃、冬の最低気温はマイナス20℃にもなります。

特に冬の放射冷却の影響は積雪よりも大きく、路面の凍結などが問題となっています。

また、市の中心部と北上盆地周辺では同じ日でも気温差が生じています。

盛岡市の地名の由来

現在の盛岡市は古来から「不来方(こずかた)」という名前で呼ばれていました。

江戸時代の初期、当時の藩主であった南部利直は「不来方という名前は縁起が悪い」との理由でこれを廃止します。

そして当時城が小高い丘にあったため、「森岡」「森ヶ丘」と呼ぶようになったと言われています。

その後「盛り上がって繁栄する岡」という意味で「森」は「盛」に変更されたという記録が残っています。

版籍奉還直後、岩手県は盛岡県という名前でしたが、盛岡城があった旧岩手郡の名を取って「岩手県」へと改名されました。

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