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高知県の県庁所在地はなぜ高知市?

最終更新日: 2022年11月23日 (公開日: 2022年11月23日)

高知県の県庁所在地の概要

県庁所在地

高知市

県庁の住所

〒780-0850高知県高知市丸の内1丁目2-20

県庁舎

高知県の県庁舎には本庁舎の他に西庁舎、北庁舎があります。

また近くには高知県の議会棟や警察本部もあります。

地上6階、地下1階建ての建物は津波避難ビルにも指定されており、約2,700人を収容することができます。

2012年に免震レトロフィット改修が行われ、耐震性も上がりました。

免震レトロフィット改修とは、従来の建物の形をほぼ変えることなく内部を補強する耐震工事のことです。

緑が多い周辺の環境と県庁の景観の調和を損ねることのない改修方法が取り入れられました。

高知市が県庁所在地になった経緯

ここからは高知市が県庁所在地になった経緯について説明していきます。

高知城の完成

1601年、山内一豊が土佐国(現在の高知県域)に入ったことをきっかけに、現在の高知市に高知城の築城が始まりました。

当時は河中山城(こうちやまじょう)という名前で呼ばれていましたが、後に「高智山城」となり、これを省略して「高知城」となりました。

2年後の1603年には本丸が完成し、山内一豊が入城します。

しかし1727年、高知城の城下町で起こった火災の影響で門以外のほとんどを消失。

1753年には再建が始まった全ての建物が完成します。

高知城の城下町には武家が多く住む武家町が作られ、その東西に火球武士や町人が暮らす下町と上町が置かれました。

追手筋に今も残る日曜市はこの頃から行われていたと言われており、高知城の城下町がたいへん賑わっていたことを物語っています。

廃城令と高知城

1873年に廃城令が出され、高知城は「高知公園」となります。

1934年には1727年の焼失後に再建された15棟の建物が国宝に指定されました。

太平洋戦争時には空襲の被害も受けましたが、幸いにも大きな損傷はなく現在も江戸時代の天守が残っている大変貴重な城となっています。

廃藩置県と高知県

廃藩置県前、現在の高知県域は高知藩(土佐藩)と呼ばれていました。

1871年の廃藩置県により、藩は廃止となり高知県が誕生しました。

高知県は高知城の城下町として多くの人が行き来し、栄えていた高知市を県庁所在地と決定。

高知県の中央部に位置し、交通の便がよかったことも選定理由とされています。

1876年には現在の徳島県域である名東県が高知県に編入となりましたが、1880年には徳島県として分離しています。

高知市の概要

次に高知県の県庁所在地である高知市の概要を見ていきます。

高知市の人口

2022年11月の統計によると、高知市の人口は約32万人です。

高知県最大の都市であり、中核市の指定を受けています。

高知市内には県内の約47.6%の人が住んでおり、「一極集中型都市」と呼ばれています。

県内の人口は2000年頃をピークに減少傾向にあります。

高知市の気候

高知市は太平洋側気候の土地です。

夏は台風や季節風の影響で雨が多くなりますが、冬は晴れの日が多く降雪量が少ないです。

そのため年間の日照時間が長く、全国の県庁所在地の中でも2位〜3位となっています。

高知市街は山に囲まれた土地であるため、内陸性気候にも属します。

高知市の名前の由来

高知城が「河中山城」と呼ばれていた頃、城下町周辺は「河中(こうち)」という地名でした。

高知県は四万十川の清流など、大変水が豊かな県として知られていますが、一方で昔から水害にも悩まされてきました。

ところが「河中」には「水の中」という意味があるということで、この漢字をまず「高智」と改めます。

この「高智」の漢字を考えたのは、竹林寺というお寺の僧である空鏡だと言われています。

その「高智」が変化してできたのが現在の「高知」という地名です。

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